中国と日本の若者ネットワーク格差2008-12-05 Fri 17:25 中央公論 2008年12月号 p152-159 経済格差より恐ろしい?! 日中の若者を苦しめる「新・ネットワーク格差」 原田曜平(マーケティング・アナリスト) ------------------------------------------------------------ これまで「ネットワーク格差」というと、ネット検索技術があるかどうかといった、いわゆる「技術格差」だった。しかし、本格的な情報化社会を生きる日中の若者の前には、個々人の「技術」や「経済状況」とは無関係に、巨大なネットワークが広がっている。 例えば、こんな高卒のフリーターもいた。日本と中国が経済的に密接な関係になるにつれ、日本に来る中国人留学生も毎年増加し、東京のコンビニや居酒屋を見れば、日本人よりも中国人の若者の方が多いくらいだ。こうした状況下、彼は同僚の中国人と仲良くなり、中国語をマスターし、中国の様々な都市に行き、着々と経験値とネットワークを拡大している。彼は経済的に 恵まれてもいないし、ネット技術も人並みだろう。 しかし、大学に通い第二外国語で中国語を学んでいる学生よりも、商社や自動車メーカーに入り、出世コースとして中国転勤を希望する大学生よりも、格段にネットワークを広げることに成功している。 「インターネットを使えば何でもできるんです」中国の若者と話していると頻繁に出てくる言葉だ。インターネットが普及したことによって、幼い頃からネットに触れて育ち、情報化された若者が世界中で増えている。本稿では、日本と中国の若者が、インターネットによって、どのような問題に直面 しているのかを解説したい。 愛車いくら? まずは、中国の話からはじめよう。2008年、中国のインターネットユーザーは2億5300万人に達し、アメリカを抜いて世界一になった。ネットユーザーの年齢比率を見ると、68.6%は30歳以下となり、日本以上に「インターネット=若者」という図式が成り立つ。主役は「80后(バーリンホウ)」。中国語の「后」は、日本語で「後」という意味で、「80后」とは1980年代生まれの若者を指す。現在の年齢でいうと19〜28歳。数年前の反日運動の主役も彼らであるし、オリンピック時に各国の聖火リレー妨害に反対したのも彼ら、四川大震災が起こったときに、こぞってボランティアで現地に赴いたのも彼 らなのは、ご存知の方も多いだろう。 では、「80后」はパソコンで何をしているのか。まず、彼らは、インターネットを通じて、世界中のドラマや映画を見て、音楽を聴いている。たとえば、日本で放送されたドラマを、「字幕組」と呼ばれる学生集団が、その日のうちに中国語の字幕をつけてネットにあげてしまう。日本のアニメも同様だし、ファッション誌も漫画も、ページをめくる機能がついているウェブサイトで読めてしまう。日本にとっては、著作権について由々しき問題が残るが、意図せず「80后」に日本文化が染みつきつつあり、メンタリティが日本化する傾向にあるのは事実だ。 中国国内の人気テレビ番組も、中国版 YouTubeと呼ばれる「土豆網」にアップされるのでテレビの機能も果たす。「消費」もする。中国の場合、強引な販売活動が店頭で行われているので、「80后」の間では、ネットショッピングやネットオークションが、購買スタイルの主流とまで言える状況になっている。ブロガーも多く、自分の素顔やセクシーショットを平気で載せる。 個人情報、どこ吹く風。 SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス) も友達を「奴隷」として売り買いできるゲーム性の強いものが流行っていて(「開心網」)、日本の SNS以上に刺激的である。 こうして「80后」は、パソコンの前に居ながらにして、「何でも」できてしまうようになった(少なくとも彼らはそう錯覚している)。その結果、学校や会社から帰ると自室に引きこもる若者が増加している。 一方、日本の若者はどうか。ネットの“効用”による引きこもり現象は日本の若者にも見られる。 先日、ある女の子(18歳、フリーター)から、面白い話が聞けた。彼女は幼い頃から東京の国立市に住み、今も実家に住んでいる。高校を中退し、ほぼ 365日、地元のガソリンスタンドでアルバイトをしている。地元の幼馴染たちも一緒にバイトをしているので、仕事が終わるとみんなで遊びに行く。 毎日がとても楽しく、彼女が国立市から出ることはない。新しい友達が増える機会もない。行動範囲も交際範囲も蛸壺化している。 とはいえ、彼女の携帯電話には、過去のたくさんの友人(知り合い)のメアドが入っていて、 SNSにもたくさんの友人(知り合い)が登録されている。バーチャル上のみでの連絡は取り続けている。それでかえって、自分も他のエリアに行った気になり、友達を増やしたような気になる。でも実際には、幼い頃から同じ土地で、同じ友達と過ごしている。 これは何も高校生やフリーターだけの傾向ではなく、高校時代から携帯電話を持ち始めた20代にもあてはまる。 MMOバトルアクション ゲットアンプド2 これまで、肥大化するネットワークを前にした日本と中国の若者の共通点を述べてきたが、一つだけ大きく違う点がある。それはネットワーク構築の基本ツールとして、パソコンを使っているか、ケータイを使っているかだ。 上海サーチナの調査によると、中国のネットユーザーのうち、半年内にモバイルでインターネットに接続した割合は28.9%なので、日本に比べるとまだまだモバイルからのネット接続は少ない。日本の場合は「インターネット=ケータイ」という図式が成り立つ。今の高校生や大学生は、多くが中学生のときからケータイを持たされるので、パソコンのスキルを身につける前に、ケータイにはまってそれで十分と思ってしまう子が多い。 これは意外に大きな変化を生む。ケータイはパソコンとは違い、常時接続なので、ネットワークとの関係性はより長く、より密接だ。私が取材した高校生はこう言う。「僕は渋谷に行くのが嫌なんです。必ず誰かに見られ、翌日学校に行くと『お前、女の子と歩いてただろ』とか言われちゃうんです」。 大繁華街の渋谷で、必ずだれかに会ってしまい、その情報が多くの人に回ってしまう。いわば「村社会」が復活しているのだ。そしてその村社会は、かつてのものよりも規模が大きいし、どこか違う街に行っても逃れられない。 ネットワークの「拡大」は、個人の意思を超えて世界規模で起こっている。今問題なのは、インフラとしてできあがったネットワークを、ポジティブに有効活用するか、それともネガティブに使用して「引きこもる」かだ。いわば「新・ネットワーク格差時代」が生まれている。前述したグローバル化するフリーターの例もその一つだが、この格差は学歴や所得の格差以上に、今後大きな格差になっていく可能性を秘めている。 テーマ:とりあえず書いとこ ~ф(゜゜) - ジャンル:日記 |
この記事のコメント |
コメントの投稿 |
この記事のトラックバック |
| HOME | |





