ヒトラーのステルス戦闘機2009-06-26 Fri 21:05 こんな記事が目にとまり思わず読みいってしまった。 写真を見る限りたとえ現在の技術をもってしてもこの形の飛行機がSF映画のように飛べるとは思えない。 過大なジェットエンジンの推力で滑空というより「飛ぶ」 当時のレーダーというのも興味深い。本当にちゃんと飛べてドーバー海峡を低空で飛んだのならどうなったのだろう 2009年6月26日(金)18時39分配信 ナショナルジオグラフィック記事より 忘れ去られていたナチスドイツの先進的な戦闘爆撃機が、現代のステルス爆撃機の専門家たちの手により復元された。第2次世界大戦当時、ドイツの科学力は未来的な戦闘爆撃機「ホルテンHo229」を生み出したが、実戦配備には間に合わず、量産にまでは至らなかった。 今回のHo229復元プロジェクトの目的は、世界初のステルス爆撃機ともいわれるHo229が本当にレーダーを回避する能力を持っていたのかどうかを確かめることである。そして検証の結果、新しい事実が次々と判明し、当時のドイツの技術力がジェット機の潜在能力を解き放つかなりの水準にまで達していたことがわかった。あと一歩開発が進んでいたら第2次世界大戦の結末は大きく変わっていたのかもしれない。 昨年末、アメリカの軍需企業ノースロップ・グラマンの専門家が集まってプロジェクトチームを結成し、ナチス時代の本物の設計図と、現存している唯一の機体を基に実物大のHo229を複製した。モデルとなった機体は、戦後50年以上に渡ってアメリカ政府関連施設に保管されていたものである。 全翼機であるHo229は、今日のアメリカのステルス戦略爆撃機「B-2」とよく似ており、最近のSF映画に登場しても違和感はないほど洗練された外観が目を引く。第2次大戦当時に活躍した航空機とは全く異なる印象だ。主な構造材は鋼管ベニヤ板から成り、ジェットエンジンを動力として最高時速約970キロで飛行できるよう設計されていた。 また、4基の30ミリ機関砲、および2発の500キロ爆弾を搭載する仕様で、実戦時には相当な攻撃力を持つ機体になるはずだった。 1944年のクリスマス直前、Ho229試作機がテスト飛行に成功した。しかし、すでにナチスに残された時間はほとんどなく、実用機の完成には至らず、数機の試作機が製造されたところで終戦を迎ることとなった。 もしHo229が量産態勢に入っていたなら、歴史にどのような影響を及ぼし得たのか。それにはまず、Ho229のステルス性能をはっきりと特定する必要がある。 自らが築き上げた“千年王国”が崩壊していく中、ヒトラーは“奇跡の兵器(Wunderwaffen)”という幻想にとりつかれるようになっていった。そこで登場したのが、たぐいまれな才能を持ち、実際にそのような秘密兵器を作り上げたホルテン兄弟だった。 「Ho229の設計を率いたのは、元々はグライダーの設計者だった三男のライマール・ホルテンだ。空気抵抗の削減と性能の向上を突き詰めていく中で、全翼機のデザインばかり考えるようになった」と、アメリカのフロリダに拠点を置く航空歴史学者のデイビッド・マイラ氏は話す。マイラ氏は、1980年代初頭からホルテン兄弟が亡くなる1990年代末まで、実際に何度も兄弟にインタビューを行っており、1998年には『The Horten Brothers and Their All-Wing Aircraft(ホルテン兄弟と全翼機)』という著作を発表している。 マイラ氏は続ける。「一方、次男のヴァルター・ホルテンはドイツ空軍の軍人で、“バトル・オブ・ブリテン”などのイギリス軍との空戦で多くの仲間を失っていた。復讐(ふくしゅう)に燃えるヴァルターは、イギリスが開発した“チェーンホーム”というレーダーシステムをなんとかしてかいくぐる方法を探していた。そこで、弟のライマールにそのような爆撃機を設計できないかと頼んだのだ」。 こうして二人の共同作業の結果、ドイツ空軍の中でも例を見ない爆撃機が誕生した。 ワシントンD.C.郊外にあるアメリカ国立航空宇宙博物館併設のポール・E・ガーバー維持・復元・保管施設で、現存する唯一のHo229の管理にあたっている博物館キュレーター、ラッセル・リー氏は次のように話す。「いわゆる全翼型の航空機であるHo229は、安定性や機体制御をつかさどる垂直尾翼が省かれており、胴体そのものが揚力を発生させる主翼となっていた。ライマール・ホルテンがたどりついた実践的なアイデアは卓越しており、完全な実用機はB-2まで存在しない」。 このステルス性能をHo229が本当に備えていたのか明らかにするため、プロジェクトチームはまず現存するHo229に対して、第2次世界大戦当時のレーダー技術に基づく携帯レーダー装置を用いて調査を行った。 そして、2008年の秋から冬にかけて、カリフォルニア州のモハベ砂漠にあるノースロップ・グラマン社所有の部外者立ち入り禁止の試験施設で、Ho229の実物大の複製が製造された。 素材や製造技術も当時のまま再現されている。ただし、滑空は可能だが自力での飛行能力はないという。2009年1月には、復元されたHo229に向けて、第2次大戦当時と同じ形式のレーダー波が放出された。 航空機のステルス性能は2つの要素から成り立っている。レーダー波が発信源に跳ね返らないようにする形状と、レーダーエネルギーを吸収する素材である。 戦後になってホルテン兄弟は、「ステルス爆撃機を作るつもりだった」と話したが、ポール・E・ガーバー施設のリー氏など、一部の専門家はその点を疑問視している。リー氏は、「ホルテン兄弟は速度を追求しただけで、あのような形状になったのは空気力学的な理由によるものだ」と話す。 それに対し、前述のマイラ氏などは、意図的にステルス性能を持たせるように設計されたと考えている。マイラ氏は、「次男のヴァルター・ホルテンはドイツ海軍士官とも交流があり、潜水艦のレーダー回避技術の話を聞いていた。だからドイツ空軍の中でも独創的な発想ができたのだ」と話す。 Ho229復元プロジェクトのリーダーでノースロップ・グラマン社のステルス技術専門家のトム・ドブレンツ氏は、「Ho229の複製をレーダーでテストした結果、その流線形の先進的なデザインには、実際にレーダーを回避する効果があったことが判明した」と話す。 ホルテンHo229は、どうやら本当に世界初のステルス爆撃機だったようだ。ただし、それが意図的に設計されたものだったのかという点は、まだ問題として残っている。 ドブレンツ氏は、「個人的には、独特な形状は空気力学的な理由から設計された可能性が大きいと思っている。ただし、現存するHo229をレーダーでテストした結果、合板の層の間に炭素材が挟まれていることが判明した。この素材はレーダー回避ぐらいしか役割が思いつかない。それでも、ホルテン兄弟がその性質を理解していたのかという点については何ともいえない」と断言を避ける。 まだ大きな疑問が残っている。もしHo229が量産体制に入り実戦に投入されていたとしたら、この“ヒトラーのステルス戦闘機”は第2次世界大戦の結末にどのような影響を与えていたのだろうか。 プロジェクトチームのリーダーのドブレンツ氏によると、Ho229のステルス性能は、レーダーの投射範囲をおよそ20%減らすものであったという。第2次大戦当時、イギリス軍のレーダーは、通常の爆撃機をイギリス海峡の160キロ地点で捕捉していた。Ho229ならば130キロまで接近しても捕捉されなかったはずである。速度を考慮すると効果はもっと大きく、通常の爆撃機はレーダーに補足されてからイギリス本土まで19分かかっていたが、Ho229は8分で到達する。 「連合軍の対抗処置が開発されるまで、少なくとも一時的にはHo229によって戦局が変わっていた可能性はある」とドブレンツ氏は話す。 ホルテンHo229の設計は決して完全ではなかった。たとえば、当時のジェットエンジンは信頼性がそれほど高くなかった。また、全翼機の宿命として垂直方向の安定性が弱く、正確な機関砲掃射や爆撃も難しかったと考えられる。 別の場所、別の時代に、さらに開発を進めることができていれば、Ho229にも違う将来が約束されたかもしれない。しかし1945年初頭のドイツには、パイロットも燃料も、時間も残っていなかったのである。 ◆雑誌のオンライン書店「Fujisan.co.jp」 ビジネス誌、趣味誌、スポーツ雑誌など、品揃え豊富 ![]() ![]() あし@交流場 |
Government Motors2009-06-24 Wed 11:38 アメリカの消費者がGM、Chryslerの車を買う保証は? 私は出張でもあんなに大きな車は借りません。 海外雑誌 BusinessWeek 2009/06-08号 p28-32より GM(Government Motors)の前に続く悪路 ------------------------------------------------------------ General MotorsとChryslerが見事に再建を果たして、政府が注入した多額の資金を返済できるかどうかは、市場での競争に勝てるかどうかにかかる。限られた市場で多すぎる数の自動車メーカーがしのぎを削っている。過去1年に世界の自動車需要は30%以上落ち込んだ。世界で9,000万台を生産する能力を持ちながら、売れているのは 5,500万台にすぎない。この狭い市場に、有力メーカーだけでも約30社がひしめいている。 GMとChryslerにとって主戦場であるアメリカ市場には、トヨタをはじめ世界を代表するメーカーがアメリカに工場を持ち、燃費効率のよい車、ハイブリッドをはじめ新燃料を使う車の開発に力を入れ、シェア拡大をめざしている。加えて、中国の自動車メーカーやインドの Tata Motorsまでがアメリカ市場への進出準備を進めている。この中でGMとChryslerは勝負しなければならない。倒産という悪いイメージは大きなハンディキャップになる。 アメリカのシンボルとして愛着を抱いてきたアメリカ人の多くが、デトロイトに失望し、失敗を批判している。しかし、人口 7,300万人といわれる21歳から33歳までのいわゆるY世代の若者たちには、もはやデトロイトという言葉すら意味を持たない。友達が何に乗っているかが、彼らの購買を決める。ビッグ3のブランドはもはや魅力ではない。 GMの当面の戦略は、多すぎるブランドを減らし、宣伝広告を数少ないブランドに集中させることである。現在8つあるブランドの中の4つに絞るという。中心となるのは、BuickとGMCであろう。 Chryslerの場合は、もっと厳しい。Jeepのブランドは強いが、Dodgeをはじめ、低所得者向けの車というイメージが強い。提携を考えているイタリアのFiatも、Chryslerのブランドを残すべきかどうか迷っている。Fiatは25年前、人気が得られず、アメリカ市場から撤退した過去を持つ。アメリカ市場向けに、Chryslerが弱い小型車を提供する考えである。 GM、Chryslerともに、アメリカでのシェアを死守するとしている。しかし、ライバルの力を考えれば、市場での地盤を失うのは間違いない。アメリカの自動車市場も、今後5年間にヨーロッパのような群雄割拠の状況になろう。 いくつかの中級クラスをトップに、数多くの小さなメーカーがその下でしのぎを削るという二重構造である。GMのアメリカ市場でのシェアは、現在の19.1%から 14-17%にまで下がるで あろう。トヨタが 20%近くのシェアを獲得し、Ford、ホンダと並ぶクラスにGMが位置する。Chryslerのシェアは、悪くすれば6%にまで下がり、日産よりも下になる恐れもある。 もう1つ、GMも Chryslerも、Obama政権の管理下にあり、政府の意向に従わざるをえない状況に置かれる。それは必ずしもビジネス的判断と一致しないことも予想される。財務省が再建計画を描いているが、新エネルギー政策を強調するあまり、両社が不得手な分野に力を入れることになり、コスト的 な不利を背負わざるをえなくなる可能性が強い。消費者がどう判断するかは、まったく予想がつかない。 1つの鍵を握るのは、今後のガソリン価格である。GMのCEO Frederick A."Fritz" Henderson も、ガソリン価格の値上がりは再び起き、消費者はより燃費のよい車を求めるだろうと語っている。 GMを国有化するという政策は Obama政権にとってきわめてリスキーである。もし失敗すれば、政治、経済上の政策的失敗ということにはとどまらない。アメリカの将来に大きな傷を残すと同時に、アメリカの工業力の最後の砦を消し去ることになりかねない。 いま1つの転換期にさしかかっている。内燃エンジンという技術の時代から、電気あるいはより革新的な新燃料システムの新時代へと移りつつある。 Obama政権は、21世紀の自動車産業に勝たねば、アメリカの威信は失われると考えている。大きな賭けを覚悟で、政府はGMとChryslerに再度挑戦するチャンスを与えた。 問題は、消費者の心をとらえることができるかどうかにある。これからの何年かの困難に打ち勝てるか。失敗すれば、外国勢の力の前に押し出されてしまうことになろう。 GM Chrysler 市場シェア 2009 19.1% 10.7% 2012 14-17% 6-8% 世界人気ランキング 2008 19 N/A 2009 22 N/A 人気 (購入調査) 2007 25% 13.4% 2009 19.4% 9.4% 負債総額 現在 670億ドル 227億ドル 倒産後 100-200億ドル 210億ドル ◆雑誌のオンライン書店「Fujisan.co.jp」 ビジネス誌、趣味誌、スポーツ雑誌など、品揃え豊富 ![]() ![]() あし@交流場 |
無防備な日本人2009-06-03 Wed 10:55 ちょっと前の本ですが、かなり同意するところがあります。 週刊ダイヤモンド 最新号が送料無料! ◆雑誌のオンライン書店「Fujisan.co.jp」 ビジネス誌、趣味誌、スポーツ雑誌など、品揃え豊富 『無防備な日本人』 広瀬弘忠著 筑摩書房 ちくま新書 583 2006/2 ------------------------------------------------------------ 私が制作に協力したあるテレビ局の科学娯楽番組がある。「若者の意識とライフスタイル」についてインタヴューするという名目で、男性の若者たちを集め、開始までビデオを見ながら待たせ、そこに発煙装置で発生させた煙を室内に流すという実験を行った。異常事態を若者たちが気づき、どのよう な行動をとるかということを調べるのが狙いだった。 この実験では、3つの条件が設けられ、実験参加者の危機感が最も強く影響するのはどの条件下であるかを調べた。その結果、以下のようなことが明らかになったのである。 (1) 煙の侵入の速さ 条件を変えた中で、実験参加者に最も強く影響したのは、煙が部屋に入る速さだった。1つのグループには、2分間にわたり大量の煙を急速に室内に流し入れ、もう1つのグループには、4分間で同じ量の煙を入れた。最初のグループでは、煙が入り始めてから30秒以内に、参加者は異常に気づき、3分以内に、半数以上の人たちが部屋の外に出た。最終的には、煙を流入させてから8分後の実験終了時には部屋には誰も残っていなかった。 それに対して、煙の速さを半分にした後者の場合には、大多数の参加者が煙に気づくまでには、90秒もかかっている。そして、7割近くの人々が実験終了まで部屋に留まっていた。 緩やかに煙が侵入してくる場合には、煙が危険のシグナルであるという認識が簡単には生じないようである。 (2) 事前の注意 実験参加者に、「何か心配なことが起こった場合には連絡してください」と指示したグループのほうが、「ビデオの調子が悪い場合には連絡してください」と指示したグループよりも、煙の侵入に気づく時間が統計的に短かた。異常事態という言葉が頭のかたすみに残っていたことで、異常に気づきやすくなったのかもしれないが、それだけでは危険回避の行動を引き起こすには至らないことがわかった。 (3) 人数の影響 1人で待つのと3人で待つので、異常事態に対する行動は、ほとんど違いはなかった。 じわじわと進行する危険に対して人はいかに無防備であるかを、この実験は明らかにした。急激に変化するもの、すばやく動くものに、我々の注意はより多く向けられるが、緩やかに悪化する危険に対して鈍感なのである。興味深かったのは、実験の目的を知らされたサクラ(実験協力者)が煙に 対してまったく反応しないと、実験参加者は、大量の煙が侵入してきてもほ とんど行動を起こさなかったことである。異常を正常の範囲内のことと捉えてしまう錯誤のことを、「正常性バイアス」と呼ぶ。リスクをあまり意識せず、あるいは意識しようとせずに、ひたすら安心だけをもとめようとする日本人の脆弱性が正常性バイアスと結びつくときに、我々がしばしば目にする日本社会や日本人のリスク対応の甘さとなって現れる。安全なれした日本人、ひたすら安全だけを求めようとする日本人に、このことは特に当てはまる。皆でいっしょに安心していたいという願望が強い。 日本では、町内会や大学の教授会から国会に至るまで、緊急時においてさえ迅速に対応する能力と習慣を欠いている。意思決定のしくみが煩雑であったり、手続きを重視しすぎたり、先例や慣行にこだわり過ぎるためである。 機敏にタイミングをはかる行動がとれないもう一つの理由は、実行能力と責任能力のある優れたリーダーの存在を容れたリスク対応システムをつくれないところにある。専制的なリーダーが自分の上にいてもらいたくない、非効率的でも、皆が平等であるほうがよいという意識が強すぎるのである。 日本人のリスク管理は、動きはじめるまでに時間がかかるだけでなく、動いてからも遅い。その理由は、リスクを管理する担当者や担当部門が、リスク管理に関してまったくの素人であることが多いためである。日本人は、目前の課題解決を優先して、正面きってリスクと対峙するとい う厳しい姿勢が決定的に欠けている。それは、マスメディアの報道にも同じことが言える。1つの災害、1つの事故、あるいは事件が起こると、情緒的な報道を視聴者が飽きるまで続けるのが、日本のメディアの特徴である。あたかも、他には重要な問題がないかのごとくである。報道がバランス感覚を まったく欠いている。 政府やメディアがリスク対応に関してバランス感覚をもっていないということと、我々がリスクに対して情動的に反応するありさまとは、合わせ鏡に映る姿のように補完しあっている。もし我々がリスクのもたらす不安や恐怖のような情緒的側面にとらわれすぎると、タイムリーで適切なリスク対応ができなくなってしまうのである。 世界の状況は刻々と変化している。国内状況もまた同様である。そのなかにあってリスクは、ギリシア神話のなかに出てくる海神プロテウスが、あるときはライオン、別のときはヘビやヒョウに変身するように、その場その場で姿を変え、その本質の多くは未知である。リスクの真の姿を見据えたうえ で、誤りを犯さずに行うのはかなり難しい。したがって、リスク対策には常に見直しが必要であり、見直しの結果、それまでの方策に誤りが認められた場合には軌道を修正して、その時点その時点において最も適切な対策に切り換えていくだけの柔軟性が、我々個人にも企業のような組織にも、また行政にも国家にも求められるのである。 リスクを巧みに処理し、それに飲み込まれることなくリスクの波頭に立ち続けていたいと願うならば、我々に要求される最も重要な課題は、プロテウス的な変幻自在性を獲得することである。 リスク自体がプロテウス性をもっている。とすれば、それに応じる我々自身もまたプロテウス的でなければならない。プロテウスの特性である自在な変幻性は、過去の習慣や行き掛かりに左右されない自由な発想力、大胆な意思決定と広範な行動の選択肢を手にしたときにのみ可能となる。 ◆雑誌のオンライン書店「Fujisan.co.jp」 ビジネス誌、趣味誌、スポーツ雑誌など、品揃え豊富 ![]() ![]() あし@交流場 |
経済悪化の要因2009-05-08 Fri 20:32 派遣切りは日本だけのことではありません。 株価¥10,000回復、為替$1=¥100まで下落したら少しは改善するのでしょうか? 中国語の魅力に聞き入っているうちに中国語をマスターできる秘法 BusinessWeek 2009/04-20号 p19-20から 表に出ない経済悪化の要因 (A Hidden Drag on the Economy) ------------------------------------------------------------ 過去10年、アメリカ企業は、健康保険や年金の面倒がないとして、契約社員に依存する傾向が強まった。経営環境の変化に応じて、雇用の調整が簡単にできるのが大きなメリットだった。 しかし、アメリカ経済に赤信号が灯っているこの時期、ウォール街からシリコンバレーまで、派遣社員やフリーランスのクビ切り旋風が吹き荒れている。ほとんどの場合、解雇手当はつかない。 企業にとって、こうした非正社員は、利益を維持する上で重要な存在である。しかし、経済にとっては、大きなマイナスだとエコノミストは指摘する。解雇によって企業は利益を出せるが、それを投資に回さず、もっぱらバランスシートをよくするため、借金の返済にあてている。 一方、解雇された人たちは、急激に生活費の切り詰めを強いられる。とりわけ、彼らの報酬は一般の平均給与よりも低いということがある。貯蓄も乏しい。これが経済にとっては需要を落ち込ませる結果となり、景気を悪くしている。 ニューヨークのマンハッタンに住む女性 Lauren Benderさん(47)は、8年間、証券会社Charles Schwabで、投資ツールの開発の仕事を非常勤で行ってきた。 Schwabでもらう報酬が、彼女の収入の90%を占めていた。報酬額は悪くはなかったという。 しかし、昨年の夏、Schwabは3つのプロジェクトを断念した。その1つを担当していた彼女は、突然に契約解除を申し渡され、収入の道を絶たれた。Benderさんはいま必死に仕事を探しているが、2年前、ローンで購入したアパートの月額返済 3,400ドルが払える収入となると、容易には見つからな い。彼女の場合、自営業扱いになるので、失業者の資格がない。 これは個人的問題ではない。経済全体にとっても深刻な問題である。非正社員(contingent workers)についての定義もはっきりしない。広い解釈をとっている Government Accountability Officeは、全労働力の31%が非正社員だとみている。他の推定はこれよりもずっと少ない。 いずれにしても明白なことは、企業がいま非正社員をどんどん解雇しているという事実である。 今年1月、重機メーカーの Caterpillarは、2008年終わり以後、契約社員と派遣社員を 8,000人解雇したと発表した。これは同社が人員削減した総計20,000人の 40%を占める。もともと雇用調節がやりやすいという理由で、戦略的に非正社員を採用してきたと、同社広報部のJim Dugan氏は言う。4月には、契約社員を含み、さらに解雇を増やす予定のようだ。 同様の傾向は、日本とフランスでも起きている。両国とも厳しい解雇規制の法律がある。それでも、フランスの自動車メーカー Renaultでは、昨年12月、パリ郊外にあるデザインセンターの契約社員 1,800人を解雇することになろうと語っている。 アメリカで、会社が派遣社員の削減を行っているということは、3月の失業率8.5%という数字が示すよりも、はるかに労働市場が悪いということを意味している。もっと仕事が欲しいというパートタイマーや、職探しを断念した失業者らを加えると、失業率は 15.6%にもなると、米労働統計局の雇用状況月報の中に目立たぬように書かれている。 運よく解雇されなかった派遣社員でも、報酬がカットされて苦しんでいる。今年1月、 Microsoftはあるプロジェクトにかかわっている正社員と派遣社員合わせて 5,000人の解雇を発表したが、3月になって、残った派遣社員も一律10%報酬削減になった。派遣会社との条件が変更されたのである。 ![]() ![]() あし@交流場 |
ユニクロの力2009-04-16 Thu 21:27 西友を買収したウォールマートやカルフールに理解できない日本人の購買心理。 ユニクロは時代背景とよく日本人の購買心理分析したということなんでしょうね。 ------------------------------------------------------------ Voice 2009年04月号 p216-221 「円高でも勝つ日本企業」 - ユニクロの非凡な“消費者研究”に学べ 西村晃(経済評論家) 円高は輸出企業には大変だが、消費者の側から見れば恩恵が多い。エネルギーの90%、食糧の70%を海外に依存している国の通貨価値が下がれば、経済は破綻してしまうことは目に見えている。しかしなぜかこの国は円高を嘆き、実際円高に振れると株価まで下がってしまう。国力が衰退過程に入った国の通貨は人気を失い下落するのであって、通貨の人気が高く価値が上がって衰退する国はない。 これまでも、日本では円高局面になると悲観論が横行した。1985年のプラザ合意がなされた日、1日だけで円の価値はドルに対して1ドル 235円から約20円上昇した。そして1年後には1ドル 120円台での取引が行われるようになった。消費者の間では空前の海外旅行ブームが起き、高級ブランド品を買い漁る日本人は世界に知られるところとなる。空前の消費景気に踊ることになるきっかけは円高にあったのだ。ただあまりの金余りがバブルを醸成させ、その崩壊を経て日本経済は長期の低迷に入ってしまうという副産物も生んでしまった。 そうしたなかで95年、再び円高の勢いが増し、円は戦後最高値の1ドル79円75銭を記録した。バブル崩壊の傷が癒えないうちに再びやってきた円高にまた、もう日本はダメだ、という声が上がった。景気は冷え込み、企業のリストラも話題となり、不良債権の急増から金融機関の破綻も次々と明らかに なっていった。 たしかに日本経済はこの時期大きな転換期を迎えていた。だが消費経済を見ると、新しいスター企業が次々に飛躍期を迎えていた。代表的な企業として挙げられるのが、ユニクロのファーストリテイリング、 100円ショップの大創産業、そして急速に大規模店を全国展開した大塚家具である。三社に共 通するのは、円高メリットを最大限に生かしたビジネスモデルを確立したことである。 ファーストリテイリングは、山口県から起業し、まさにこの90年代に、全国企業へと脱皮した。中国の工場で計画生産を行ない、需要を掴んだ大量生産大量供給の仕組みが円高の追い風を受けて一気に花開き、フリースなどの国民的ヒット商品を生む原動力となった。大創産業が全国に 100円ショップ の本格展開を始めたのも、90年代だ。主に中国で生産した 100円商品をコンテナ単位で仕入れ、スケールメリットを十分に生かして売値 100円でも利益を上げられる仕組みを確立した。また大塚家具は、当初国内メーカーとの価格商談が折り合わなかったことからやむなく輸入品中心の品揃えをとっていたことが、かえって円高メリットを享受することになった。 この三社のビジネスは、これまでにない斬新な商品提供を可能にし、消費者の絶大な支持を集めることになった。新価格体系を提示できたこれらビジネスモデルの成功の裏に円高メリットがあったことは間違いない。 一方、同時期輸入品を円高メリットを生かして安く日本の消費者に提供しようと進出してきた外国企業は、必ずしも満足のいく成果を上げられないまま日本から撤退してしまったケースが多かった。 フランスの大手スーパー、カルフールが華々しく日本進出を果たしたのは2000年12月。その後8店舗を展開しただけで、わずか4年余りで撤退、全店舗をライバルだったイオンに売却した。これ以外にも西友を傘下に収めた世界最大の小売業ウォルマート、イギリスのスーパー、テスコなど世界的小売 業が相次いで日本進出を果たしたが、どこもとても期待した業績を上げているとはいいがたい。これら企業は、日本人のライフスタイルや購買習慣、味覚などの特質にあったマーケティングができていなかったからだと私は理解する。 日本市場に進出してうまくいっていない外資系企業をみると、本国で成功したビジネスモデルをそのまま日本に持ち込んできているところが多い気がする。しかし一方で、日本の消費者の商品やサービスに対する要求水準は世界一といえるほど高い。いくら円高で外国製品が安く手に入るとしても、日本の消費者にあった商品づくり、店づくりをしなければうまくいくわけではないということだ。 2008年秋、東京・代官山にお洒落な店がオープンした。「イータリー」というこの店はパスタやオリーブオイル、ワインなどイタリアから直輸入の食品を中心に売るスーパーと、スーパーと共通の食材を使ったメニューのレストラン、そして2階には食育をテーマに掲げたカルチャースクールを備えて いる。スーパーといっても安売りを目的にしているわけではないし、高級食材に特化しているから顧客の一人当たり単価はそうとう高いと推測できる。 本場イタリアの味を楽しみたい人にとってこの店は、円高時代だからこそ贅沢を手軽に味わえる店と感じられるはずだ。この出店に際して設立された日本法人にはローソンが10%出資している。 私は円高経済では、これからこのようなケースが増えるのではないかと興味を抱いている。これまで外国企業の日本進出は、もう自らの型ができてしまっているから、日本市場に合ったビジネスをやるといっても、もはや小回りが利かなくなっている。日本進出の際、消費者を熟知した日本企業の手引きがあることも大きな助けになるだろう。そうした点を考えても円高は、日本企業が外資系企業に資本参加するうえで有利に働く。 金融危機以後売り上げ急減という企業が多いなか、あのファーストリテイリングは2009年8月の連結経常利益の見通しを前期11%増の 950億円と従来予想に比べて20億円引き上げた。この冬爆発的な売れ行きとなった発熱、保温アンダーウエア、ヒートテックが売り上げ増に大きく寄与した。昨年夏のヒット商品 「Tシャツブラ」にしても、たんなる価格そのものの安さではなく、「こんな欲しかったものがこの価格で買える、というお値打ち感」が背景にあることは見逃せない。 そして以前日本人がもっていた「アジア製の品質はいまいち」といった固定観念が、この「ヒートテック」や「Tシャツブラ」を好む人たちからはまったく消えていることにも注目したい。「安かろう、悪かろう」ではなく「この品質だからお値打ち」なのだ。そこに、消費地から離れた海外で生産していることを感じさせないこの企業の消費者研究の非凡さがある。円高を生かした仕組みをどう作るか、挑戦はまだ始まったばかりだ。 ![]() ![]() あし@交流場 テーマ:ひとりごとのようなもの - ジャンル:日記 |









